大判例

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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和50年(う)151号 判決

本籍

韓国慶尚道義城郡安溪面龍基洞八五〇番地の一

住居

石川県小松市土居原町一七五番地

会社員

朝野義秀こと

金学秀

大正七年五月一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五〇年八月二五日金沢地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官藤坂亮出席のうえ審理をして、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人朴宗根及び同杉本良三連名の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴趣意第一点及び第三点について

右論旨は、要するに、原判示第一の事実に対応する原判決挙示の各証拠をもつてしては、未だ原判示片町土地が被告人の所有であつたと認定することができず、したがつて、被告人の昭和三九年度分の所得金額を五、〇〇五万七、〇六二円と認定することもできないのに、原判決が原判示第一の事実を認定して、被告人を所得税法違反罪に問擬したのは、事実誤認の違法を冒したものであり、また原判決には、右の点に理由にくいちがいがある。というのである。

所論にかんがみ、記録を調査検討して案ずるに、原判示第一の事実に対応する原判決挙示の各証拠を総合すれば、原判示第一の事実は、所論の原判示片町土地が被告人の所有であつたこと及び被告人の昭和三九年度分の所得金額が五、〇〇五万七、〇六二円であつた点をも含めて、すべてこれを肯認することができ、原判決に所論のような各違法は存しない。所論は、原判示片町土地が被告人の所有でなかつた旨縷々主張するが、右土地が被告人の所有であつたことは、原判決が、その「補足説明」の「二、片町土地譲渡所得の帰属について」と題する部において、詳細に説示するとおりであつて、記録を調査検討してみても右の説示に誤りがあるとはとうてい認められない。論旨はすべて理由がない。

控訴趣意第二点について

所論は、要するに、原裁判所が、検察官から証拠として提出された本件所得税申告書の写を取り調べたにとどまり、その原本の取調べをしなかつたのは、審理不尽の違法を冒したものである。というのである。

所論にかんがみ、記録を検討して案ずるに、記録によると、なるほど原裁判所は、原審第一五回公判において、検察官から取調べ請求のあつた。石川県小松税務署長大蔵事務官浦和一作成の証明書二通と該各証明書に添付された被告人の昭和三九年度及び同四〇年度の所得税申告書写二通をいずれも弁護人の同意のもとに適法に取り調べたが、右各所得税申告書写の各原本の取調べをしなかつたことが認められる。しかしながら、前記浦和一作成の各証明書によれば、右の各所得税申告書写は、いずれも被告人が昭和四〇年三月一五日及び翌四一年三月一四日小松税務署長に申告した各所得税申告書の原本に基づいて作成されたものに相違ないことが認められるから、原裁判所が右の各所得税申告書の原本の取調べをしなかつたからといつて、これをもつて原審の訴訟手続に審理不尽の違法があるというわけにいかない。本論旨もまた理由がない。

控訴趣意第四点について

所論は、要するに、原判決の量刑が重過ぎて不当である、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、証拠によつて認められる被告人の身上、経歴、前科を初め、本件各犯行の動機、態様、罪質、犯行後の状況等諸般の情状、とくに、本件各犯行による所得税のほ脱額がいずれもかなりの巨額であることなどを考慮すると、原判決の量刑は相当であつて、右量刑が所論のごとく重過ぎるものとはとうてい認められない。本論旨もまた理由がない。

よつて、本件控訴は、いずれの観点からしてもその理由がないから刑事訴訟法三九六条に則り、これを棄却することとする。

以上の理由により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤本忠雄 裁判官 横山義夫 裁判官 小島裕史)

○控訴趣意書

被告人 朝野義秀こと

金学秀

右の者に対する所得税法違反被告事件について、次のとおり控訴の趣意を述べる。

昭和五〇年一〇月二五日

右弁護人 朴宗根

右弁護人 杉本良三

名古屋高等裁判所 金沢支部御中

第一 (理由のくいちがい)

原判決は、その理由の(罪となるべき事実)第一において、被告人の昭和三九年分の所得の中に土地譲渡収人全部が含まれることを前提にして右第一の犯罪事実を認定し、右「譲渡収入が被告人に帰属した事実」について、その証拠として左記のものを標目に掲げている。

しかし、右標目に掲げられた各証拠から、土地譲渡収入全部が被告人に帰属したと認定することは、常識上無理であり、結局標目に掲げられた証拠により前記犯罪事実の認定を導き出すことはできず、この点において、原判決は、「理由にくいちがいあるもの」に該当する。

一、第三二回、第三六回公判調書中の被告人の各供述部分

一、被告人の検察官に対する昭和四二年一二月一四日付供述調書並びに大蔵事務官に対する昭和四一年九月九日付、同年一〇月二〇日付及び昭和四二年四月一七日付各質問顛末書

一、第一二回公判調書中の証人明翫栄一、同小杉忠雄、同杉下市右ヱ門の各供述部分

一、斎藤てる、武谷文雄、牧野久代の大蔵事務官に対する各質問顛末書

一、古谷直二作成の昭和四二年七月三日付査察事件調査事績報告書

一、福村忠雄作成の昭和四二年四月五日付上申書二通

一、三田治幸作成の株式会社福井銀行金沢支店備付の伝標綴の写、定期預金元帳の写及び貸付金元帳の写

一、弁護人作成の金山太郎名義の北国銀行普通預金通帳の写

一、第三二回、公判調書中の被告人の供述部分について

この供述は、要するに

(イ) 片町土地立退問題にかかった費用約二、〇〇〇萬円は、被告人の自己の資金であること、昭和四一年九月九日付質問顛末書に述べたことが正しく同年一〇月二〇日付質問顛末書において、崔泰鎮と茨木清から三、〇〇〇萬円を借入れて右費用に充てた趣旨を述べたのは、ビル建設資金の借入れと混同したものであること。

(ロ) 片町、河原町両土地にまたがつてビルを建てる計画をし、建設資金三、〇〇〇萬円を茨木清から借受けたこと(但し、右資金は崔泰鎮から茨木に出されたので、被告人は、茨木を通じて崔から借り受けたかの如き感をもつておる)。

(ハ) ビル建設は、該土地の形状及び土質等から不可能となつたこと。

(ニ) 三、〇〇〇萬円を茨木に返済できなかつたので、その代りに片町土地を茨木清に譲渡し、所有権移転登記をしたこと。

(ホ) 片町、河原町両土地を新崎弁護士のあつせんで坪当り五二萬円で福井銀行へ売却するに当り、売買代金のうち一、八〇〇萬円を被告人の取得分、残りは全部茨木の取得分ととりきめたこと。

(ヘ) 被告人と茨木清両名揃つて福井銀行小松支店へ行き売買契約を締結したこと。

(ト) 福井銀行から売買代金を(Ⅰ)七〇〇萬円、(Ⅱ)五二〇萬円、(Ⅲ)五、七八〇萬円及び実測の結果増加した二二三萬八〇〇円の三回に分けて受領したこと。

を述べているのであつて、この供述から判示の如き認定は出て来ない。

二、第三六回公判調書中の被告人の供述部分について。

これは、主として検察官の反対質問に対する供述であるが、

(イ) ビル建設資金三、〇〇〇萬円の借入を茨木に相談し、茨木が崔泰鎮に相談をかけた結果、崔から二、〇〇〇萬円と一、〇〇〇萬円の二回に分けて金が出、これを茨木が借り受け、被告人は、茨木からその金を借りたこと。

(ロ) 被告人が崔から直接借りることをしなかつたのは、被告人は民団の幹部であるに対し崔は総連の幹部であるという特殊な立場にあつたからであること、(因みに、南の韓国と北の朝鮮との関係を知つている者から見れば、このような被告人の措置はすこしも不自然ではない。)

(ハ) ビルが建設され乍ら二階と三階(地下一階地上四階のビルを建てる予定であつた)を崔泰鎮側に使わせる約束であつたこと。

(ニ) 福井銀行との売買契約書に、被告人と茨木清両名の署名を被告人がしたこと。(茨木も立会つていたから、被告人が代署しても決して不自然ではない)。

(ホ) 売買代金のうち三、〇〇〇萬円を銀行の要請により被告人が茨木に頼んで無記名定期預金にしたこと。このとき、誰のどの印鑑を届けたかを被告人は意識していないこと。

(ヘ) 右定期預金証書の裏に被告人の実印が押されているが、被告人は押したおぼえがなく、銀行員が押したと思われること。

(ト) 右定期預金を担保に被告人が福井銀行から三、〇〇〇萬円を借り受けこれを京都の坂本仁に貸したこと。しかし福井銀行は当初の約束に反し融資をしないので右定期預金を茨木に解約させ、被告人が借りた三、〇〇〇萬円と相殺となつたこと。(その結果、被告人は茨木から三、〇〇〇萬円を借り受けたことになる)。

(チ) 売買代金のうち二、七八〇萬円は松尾清雄名義の普通預金とされ、その後金山太郎名義に預け替えされたこと。(金山太郎は茨木清の別名であることは、茨木清の証言及び被告人の前回公判の供述により明らかである)。

(リ) 右普通預金から被告人は六回に亘つて借り受けたこと。

(ヌ) 約一年後に坂本仁から前記三、〇〇〇萬円の貸金のうち二、五〇〇萬円(保証小切手五〇〇萬円、現金二、〇〇〇萬円)を返済を受けたこと。

(ル) 右二、五〇〇萬円をそつくり園山武平に貸してやるよう被告人が茨木清に頼み、被告人保証のもとに茨木は二、五〇〇萬円を園山に貸しつけたこと。

(ヲ) 被告人は、なお茨木に返済すべき五〇〇萬円の残債務については、その代りにパチンコ店第二シカゴを茨木に譲つたこと。

等を供述しているものである(その他に営業収入について供述しているが、ここでは省略する)。

右供述から判示の如き認定を導くことは困難である。

三、被告人の検察官に対する昭和四二年一二月一四日付供述調書について。右は

(イ) 片町土地を昭和三五年一月二一日茨木清に名義変更(所有権移転登記)をしたこと

(ロ) 右登記手続は、被告人と茨木の両名が牧野代書人の所へ行き手続をして貰つたこと。

(ハ) 片町土地の固定資産税を被告人が払つたこと(但し税の全額を被告人が出捐したという意味ではなく、茨木の分をとりまとめて被告人が払つたという趣旨である。)

(ニ) 売買契約には閔丙湧が立会つたこと。

(ホ) 片町土地の真の所有者は崔泰鎮であること(これは、前述のとおり被告人が茨木から借入れた三、〇〇〇萬円の元の出所が崔であるから、被告人がそのように思い込んでいたにすぎない。)

(ヘ) 土地代金のうち、片町分五、四〇〇萬円程は、閔が真実の所有者に代つて保管していたが、被告人が融資を受けて事業資金に使つたこと。(これは、前述のとおり、三、〇〇〇萬円の無記名定期預金分と、金山太郎名義の二、七八〇萬円の普通預金分を茨木から借受けた事実を被告人が錯覚しているものである。)

(ト) 被告人の昭和四一年九月九日付及び同年一〇月二〇日付両質問顛末書の矛盾(三、〇〇〇萬円借入の時期等)を追及され「何回も同じことを聞かれるので頭がこんがらかつた」と答えていること。

等を述べているものであるが、片町土地が茨木の所有ではなく被告人の所有であると断定できる資料となるべきものはない。

四、大蔵事務官に対する昭和四一年九月九日付、同年一〇月二〇日付及び昭和四二年四月一七日付各質問顛末書について。

(1) 前二者は、いずれも被告人が加 病院に入院中、同病院で作成されたものである。

(2) これらの間に矛盾する供述があるが、基本的な事実は一貫している。例えば崔、茨木から三、〇〇〇萬円の借入について、土地買入資金、明渡に要した資金、ビル建設資金と云い、借入の時期について一度に、或いは二度に亘つてと云うも、三、〇〇〇萬円を借入れたという客観的事実は変りはない。

(3) 右各顛末書は、片町土地が茨木の所有でなく、被告人の所有であると断定できる資料とはならない。

五、第一二回公判調書中の証人明翫栄一、同小杉忠雄、同杉下市右ヱ門の各供述部分について。

(1) 明翫栄一の供述は被告人からの依頼で福井銀行金沢支店から二、七八〇萬円を払出し、これを北国銀行小松支店に預け替えたというのであるが、通知預金伝票等の写を示してなされた検察官の尋問は、誘導であつてこれに対する供述は証拠力がない(速記録五丁~九丁)。

そして「金山太郎」とは、被告人ではなく、「だれかほかの方だろうと思つていた」(同一三丁表)というのであり、被告人の店の売上金を右金山の口座に入れたことはない(同一三丁裏)というのである。

(2) 小形忠雄の供述は、要するに片町、河原町の土地を被告人と茨木清の両名から買入れたものであるとの一言に尽きる。

(3) 杉下市右ヱ門の供述も、右と同趣旨で片町土地が茨木清のものではなく被告人の所有であると認定できるような個所は、どこを探してもない。

(4) 結局右各供述は、いずれも片町土地を被告人の所有であると認定する資料となるものではない。

六、斎藤てる、武谷文雄、牧野久代の大蔵事務官に対する各質問顛末書について。

(1) 斎藤てるは、崔泰鎮がどんな仕事をし、北鮮関係のどんな地位にあつたかを知つていない。

(2) 武谷、牧野の供述は、伝聞ないし推測をまじえたものである。

(3) いずれも片町土地を被告人の所有と断定する証拠にならない。

七、古谷直二作成の昭和四二年七月三日付査察事件事績報告書について。

これも、被告人が片町土地の固定資産税をとりまとめて一緒に納付した事実を証するだけである。

八、福村忠雄作成の昭和四二年四月五日付上申書二通について。

これは銀行員の単なる推則である。被告人が茨木から金山太郎名義の預金より借入をした事実を銀行員が知る由もない。

九、 〈1〉三田治幸作成の福井銀行金沢支店備付の伝票綴の写、定期預金元帳の写及び貸付金元帳の写並びに〈2〉弁護人作成の金山太郎名義の北国銀行普通預金通帳の写の各存在も、片町土地が茨木所有でなく、被告人の所有であると断定できる資料となるものではない。

第二、審理不尽

被告人は、本件所得税確定申告の手続に当り、所轄税務署に相談し、担当者の云うとおりにして、担当者が書き込んだ申告書に押印して手続を済ませている。(被告人の第三六回公判供述、記録二三九一丁~二三九三丁裏)。右は重要な事実であるが、そのときの確定申告書の原本は提出されず、その写(複写器によるコピーではない)が提出されているにすぎない。よろしく此の点について事実の取調を尽くすべきである。

第三、事実誤認

片町土地を被告人の所有と認定したことは、重大な事実の誤認であり、これが判決に影響を及ぼすことも明らかである。

第四、量刑不当

原判決の量刑は、弁護人の弁論要旨第四記載の情状に鑑み重きに失し不当である。

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